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東京高等裁判所 平成12年(ネ)1670号 判決

控訴人(原告) 長崎ヤクルト株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 堀江憲二

被控訴人(被告) 新光証券株式会社(旧商号 新日本証券株式会社)

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 河和松雄

同 河和哲雄

同 河和由紀子

同 深山徹

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、七億〇五二〇万八一八六円及びこれに対する平成八年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二事案の概要

本件は、被控訴人長崎支店を通じて、株式等の現物取引、信用取引及び国債先物取引を行い、結果的に損失を被った控訴人が、同支店の担当者(特に、C法人担当課長代理)には、適合性の原則に違反した勧誘、担保を仮装した信用取引、控訴人の意思に基づかない信用取引、さらに、本件取引全体についての過当取引(過当勧誘)を行うなどの違法があることを理由に、被控訴人に対し、民法七一五条に基づき、被控訴人との右取引によって生じた損失に相当する合計七億円余(売買差損及び支払手数料等諸経費の合計額並びに本訴提起に係る弁護士費用の合計七億円)の損害賠償を求めたが、平成一二年二月二九日、原審において右違法の主張がすべて排斥され請求棄却判決を受けたことから、控訴を提起したという事案である。

本件の前提事実及び当事者の主張は、原判決五頁一行目末尾に続けて「なお、被控訴人は、平成一二年四月一日、商号を現在の『新光証券株式会社』に変更した。」を、同七頁一行目の「購入であり」の次に「(なお、売買約定年月日は同月一八日である。)」を、同一七頁六行目の「約諾書」の前に「信用取引」をそれぞれ加えるほか、原判決「事案の概要」の二及び三記載のとおりであるから、これを引用する。

第三当裁判所の判断

当裁判所は、本件全資料を検討した結果、被控訴人長崎支店の担当者の行為に違法性はなく、したがって、控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求は理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、以下のとおり加除訂正するほか、原判決「第三 当裁判所の判断」に説示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人及びDの投資経験、資産状況等について

原判決二九頁五行目及び同三〇頁一行目の「原告会社」をいずれも「控訴人」に訂正する。

二  本件取引の経緯について

原判決三〇頁九行目の「九号証、」の次に「一五号証、一六号証の一ないし八、」を加える。

1  原判決三二頁二行目の「買付指示をし」の次に「(ただし、売買約定年月日は同月一八日である。)」を加える。

2  原判決三七頁八行目の「原告会社」を「控訴人」に、同九行目の「信用口座約諾書」を「信用取引約諾書」に、同三八頁七行目の「原告として」から同九行目の「被告に預託し、」までを「同年五月三一日現在で既に被控訴人の保護預りになっていたヤクルト本社の株式、日本電気の転換社債、割引農林債のほか、控訴人が被控訴人を通じて購入し被控訴人が預かっていたコスモ石油の株式、住友信託銀行、ジャスコ及びロイヤルの各転換社債を、信用取引の保証金代用証券として被控訴人に預託することとし、」にそれぞれ訂正し、同三九頁六行目の「約諾書」の前の「口座設定」を削除し、同行目の「被告会社」を「被控訴人」に訂正し、同四〇頁六行目及び同四一頁二行目の「保証金」の前にいずれも「委託」を加え、同四〇頁一〇行目冒頭の「これは、」から同四一頁一行目末尾までを「この方式は、Dが控訴人名義で小切手を振り出して当座預金残高を多額に維持し、当該控訴人の取引銀行の営業成績を上げることに協力するという前記一2のドレッシングの一環であり(この場合、被控訴人が小切手の決済に必要な資金を控訴人の取引口座から支払銀行の当座預金口座に送金し、更に控訴人の小切手が差し入れられて同様の処理を行うことになる。)、控訴人の取引銀行に協力したいというDの意図と、大規模な信用取引を可能にしたいというCの意図が合致して行われたものである。」に、同五行目の「六七万株」を「七〇万株」にそれぞれ訂正する。

3  原判決四五頁四行目の「現引をし」を「現引し」に訂正し、同四六頁二行目の「取引は、」の前の「証券」を削除し、同五行目の「原告会社」を「控訴人」に訂正し、同四七頁三行目の「E」の次に「(以下『E』という。)」を、同行目の「F西部地区長」の次に「(以下『F』という。)」を、同行目から四行目にかけての「G営業本部長」の次に「(以下『G』という。)」をそれぞれ加える。

4(一)  原判決五三頁四行目の「明らかであって、」の次に「長きにわたり控訴人の経理課に勤務し、個人でも株式取引の経験を有するDが、利益の確定した取引であるなどと誤信するとは考えられず、また、」を加える。

(二)  原判決五四頁一〇行目の「しかしながら、」から同五五頁四行目の「いうべきである。」までを「しかしながら、控訴人が主張するように、Cが無断で控訴人の名義を用いて信用取引を行ったというのであれば、Dとしては、Cに対し、信用取引受託契約の締結及び信用取引約諾書への記名押印を拒否すれば足りるのであり、無断で信用取引を行ったCの強引な要求に屈したというのは不自然といわざるを得ない。また、前記2(三)(2)のとおり、Dは、控訴人名義の信用取引を開始するに際し、自ら一〇四四万円を信用取引の委託保証金として被控訴人の控訴人取引口座に振り込んでいるのであるから、右の信用取引がDに無断で行われたと解することは困難である。したがって、」にそれぞれ訂正する。

(三)  原判決五五頁六行目の「保証金」の前に「委託」を加え、同八行目冒頭から同五六頁二行目末尾までを「確かに、Cとしては、Dが次々と振り出す控訴人名義の小切手を信用取引の委託保証金に充てることにより、大規模の信用取引が可能になるから、このような方式の委託保証金の差入れについて積極的な姿勢を示していたことが推認される。しかしながら、右のように控訴人振出小切手を差し入れることは、ドレッシングの一環として、控訴人の取引銀行の営業成績を上げるのに協力しようというDにとってメリットがあるものであったこと、前記2(四)のとおり、Dは、被控訴人から今後は控訴人振出小切手による委託保証金の差入れの是正方を要請されるや、直ちに、信用取引の建玉を決済するなどして五〇〇〇万円を控訴人の取引口座に入金し、現物で保有していた株式を新たに委託保証金代用証券として被控訴人に預託する等しており、これについて何らかの異議を述べた形跡はないことなどの事実に照らすと、むしろDが控訴人振出小切手を信用取引の委託保証金に充てるよう申し入れた可能性があり、少なくとも、DとCの意図が合致して行われるようになったと見るのが合理的であって、Cの一方的な働きかけによりDが控訴人名義の小切手を次々と振り出したと認めることは困難である。したがって、これに沿うD供述及び控訴人の右主張を採用することはできない。」に訂正する。

(四)  原判決五六頁八行目の「これらとの対比において、」から同一一行目末尾までを「右合意の成立を裏付ける書面は作成されておらず、控訴人が主張する右の合意を記載した甲五号証に被控訴人の署名押印がないことに照らしても、これに沿うE供述及び控訴人の右の主張を採用することはできない。」にそれぞれ訂正する。

(五)  原判決五六頁末尾の次に改行し以下の認定を加える。

「(七) 控訴人は、①昭和六三年七月二一日、信用取引により、単価二三六〇円で本田技研工業株二万株を購入し、翌二二日、単価二四一〇円でこれを売却したが、売却と同日、同じく信用取引により、売却株価より六〇円も高い二四七〇円で二万株を購入したこと、②昭和六三年一〇月二九日に単価一四二〇円又は一四三〇円で購入した三菱石油株を、同年一一月四日と五日に単価一四六〇円又は一四七〇円で売却したが、右売却と同日、右売却株価と同額の一四七〇円で一〇万株を購入し、同月九日に単価一五一〇円で売却したが、その同日、単価一五一〇円又は一五〇〇円で多数の株を購入した上、翌一〇日、単価一四七〇円でそのうちの一〇万株を売却したことなどを挙げ、いずれも必要性と合理性は全くなく、投資家が自己のためにする株式取引であるならばおよそすることのない取引であり、このことは、Cが被控訴人の利益(手数料)と自らの実績のため、Dの了解を得ることなく(事後承諾で諦めさせていた。)行っていた取引であることを裏付けるものであると主張する。

しかし、弁論の全趣旨によれば、本田技研工業株は、昭和六三年七月中に同年中の最高値(二五二〇円)を付けたこと、三菱石油株も、同年九月中に同年中の最高値(一五八〇円)を付けるなど値上がりが見込まれたが、その後は株価が安定的に推移し、平成元年に入ると一時下落したこと、短期の株価変動による差益の取得を目的とする使用取引においては、一般的に、株価の動向を見て適宜買付けと売付けを繰り返すことが少なくなく、値上がりが見込めないとなれば、更に大幅な値下がりを生じる前に見切りをつけて速やかに売却することが行われていることが認められる。以上のような株価の動向及び信用取引の性格に照らすと、DとCは、昭和六三年七月二一日に単価二三六〇円で購入した本田技研株二万株を二四一〇円で売却した同月二四日、更に値上がりが見込めると踏み、単価二四七〇円で二万株を買い付けた可能性があるから、これをもって必要性も合理性もない取引と断定することはできない。また、三菱石油株についても、DとCは、株価の動向を見ながら買付けと売付けをほぼ同額で繰り返し、さらには、購入した翌日に見切りをつけて廉価で売却した可能性があるから、必要性も合理性もない取引であるとまでは言い難い。

したがって、控訴人が主張するような信用取引があったからといって、投資家が自己のためにする株式取引であるならばおよそすることのない取引であるとか、Cが被控訴人の利益(手数料)と自らの実績のため、Dの了解を取ることなく行っていた取引であると認めることは困難というべきであるから、右の主張も採用することはできない。」

三  被控訴人の不法行為責任について

1  原判決五九頁三行目の「しかしながら、」から同八行目末尾までを「ただし、信用取引は、それについて適切な説明がされれば、投資家の自己責任に委ねられるべき経済取引であるから、信用取引の仕組みについて理解能力を欠き、仮に適切な説明がされても理解が困難な者に対して勧誘するような特段の事情のない限り、証券会社に対し、信用取引を勧誘すること自体を回避すべき注意義務を広範囲に課すのは相当でないというべきであり、証券会社の適合性違反を判断するに際しては、この点も十分考慮に入れなければならない。」に訂正する。

2  原判決六三頁七行目の「被告に対する」から同六四頁三行目末尾までを「被控訴人に対する控訴人振出小切手による委託保証金の差入れは、控訴人の取引銀行に協力しようというDの意図と、信用取引の規模を拡大したいというCの意図が合致して行われるようになったものである。このような方式による委託保証金の差入れは、実質的に取引口座に委託保証金の預託がされていないことになるから、信用取引としては不適当なものであり、Cの対応には問題があるということができるものの、ドレッシングの一環として積極的に控訴人振出小切手の差入れを行おうとした控訴人が、証券取引法四九条に違反する行為があったことを理由に、被控訴人に対し損害賠償を求めるという筋合のものでないことは明らかである。したがって、被控訴人に対する損害賠償請求の前提として、控訴人振出小切手を委託保証金として受け入れた被控訴人の行為は違法であるとする控訴人の主張を採用することはできない。」に訂正する。

3  原判決六七頁八行目の「拡大させたこと」の次の「にあること」を、同六八頁四行目冒頭から同六行目末尾までをそれぞれ削除する。

第四結論

以上のように、控訴人の主張はいずれも採用することができないから、控訴人の請求は理由がない。よって、同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 小林正 萩原秀紀)

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